クリント・イーストウッドの未だ進化するテクニックが光る快作/リチャード・ジュエル
「運び屋」から1年、衰え知らずの90歳・クリント・イーストウッド監督作品「リチャード・ジュエル」。
イーストウッド監督の作品はハズレと言い切れる作品はないのですが、「グラン・トリノ」以来、グッと来る作品がなかった私にとって、今作は久しぶりの快作でした。
もちろん「アメリカン・スナイパー」や「ハドソン川の奇跡」のような名作も作られていましたが、心の底からYES!って叫びたくなるような作品は久しぶりです。
前作の「運び屋」はイーストウッド初の麻薬カルテルものを期待して見に行きましたが、思いのほか、コメディ要素が強くとまどった作品でしたので。。
今回の「リチャード・ジュエル」は、実際に起こった興味深い事件を扱った内容ですので、100%イーストウッド印の映画で、「許されざる者」や「ミスティック・リバー」など、シリアストーンのイーストウッド作品が好きな方にはおすすめ出来る内容となっています。
いつものイーストウッド作品同様、今回もキャストが良かったです。
助演のふたりについては100点ですね。
弁護士役のサム・ロックウェルは、事実上主役のような役ですが、ストーリーの語り部的役割を果たしていて、主人公とは正反対の熱い、権力嫌いの男を熱演しています。
今一番油がのってる俳優のひとりですが、彼が最近出てる映画にハズレはないですね。
そして母親役のキャシー・ベイツが素晴らしいです。
アカデミー助演女優賞にノミネートされたのも納得です。
過保護一歩手前のアメリカによくいそうな息子大好きお母さんを熟練の技で演じてます。
息子の無実を訴えるシーンはとにかく素晴らしかったですが、日常的なシーンでの仕草もいいんですよね。
思わず赤木春恵さんを連想してしましました。
キャシー・ベイツといえば「ミザリー」の演技が強烈ですが、意外とこういった「普通のおばさん」を印象深く演じる役者さんは貴重ですね。
そしてやはり、主役のリチャード・ジュエルを演じたポール・ウォルター・ハウザーにつきますね。
「アイ・トーニャ」や「ブラック・クランズマン」で演じたダメ人間と違い、今作は正義感がありすぎて、それがいつも誤解されてトラブルを引き起こしてしまう、愛すべきおデブちゃんを、見事に演じてます。
彼をキャスティングしたことが、この映画が傑作になった要因のひとつだと思いますが、アメリカで今ひとつヒットしなかった理由も、彼をはじめ演技陣が渋すぎたこともあるでしょう。
しかし、今作は主要キャラがしぼられてるってこともあって、この3人は突出してキャラクターが立っていて、重いテーマですが時間が気にならないくらい見やすい作品でした。
ストーリーテリングについても、前半にいつになくわかりやすく伏線の種まきをしていて、後半で丁寧に回収しているあたり、90歳になってもまだ進化しつづけているイーストウッドの手腕に驚きました。
決して説明的というわけではないのですが、映画を見慣れてる人なら、ここは後で重要な要素になると思われるシーンや、このキャラクターは重要な役割を果たすのかなという部分が丁寧に描かれている印象でした。
なんとなく12話分くらいのドラマにしたら凄く面白くなるだろうなぁと思いながら見ていました。
ラストの主人公が語り出すシーンは、さすがウエスタンやアンチヒーローを演じてきたイーストウッドらしい、見事に胸のすく展開でした。
元警察官であり、これまでひたすら権威に対し協力的な態度をとっていた主人公のイメージを、チャブ台返ししたような鋭いツッコミで、しかし冷静に捜査の不信感を語るシーンは胸を打ちました。
相変わらず監督の差別的な部分ものぞかせるシーンもありますが、久しぶりにイーストウッドここにありという映画でした。
国家やマスコミの最低加減を痛烈に描いていますが、観客がすっきりできる大人のエンターテイメントに仕上がっています。
「ペンタゴン・ペーパーズ」のような事件ものが好きな方なら絶対楽しめる作品ではないでしょうか。
この映画見ると、東京オリンピックの開催が怖く感じましたね。
もし来年、無事開催されるのであれば、オリンピック期間は実家に帰りたくなりました。。