復讐者に憐れみを/現代の巨匠パク・チャヌクの真にスタートとなった作品
パク・チャヌク監督が「JSA」の次に撮った作品が「復讐者に憐れみを」。
原作の映画化だった「JSA」と違い、監督自らのオリジナルストーリーである作品です。
聴覚障害者のリュウは腎臓病を患う姉の手術代を見繕うため恋人のユンミと共謀し会社社長の娘を誘拐する。身代金を受け取ることに成功し、娘を開放しようとした家に帰ると、誘拐を知った姉は自殺をしていた。姉を思い出の河原に埋葬しにいくと誘拐した娘が溺れてしまうという事故が発生し、ここから憎しみの連鎖が始まっていくのであった。。
この作品は大二つの違ったトーンのパートが結びついた作品となっています。
ポン・ジュノ監督の「殺人の追憶」や「パラサイト」も前半と後半のトーンが違った作品でしたね。
この作品の場合は、物語の主人公も前半と後半で変わっているところが凄いです。
前半は誘拐するリュウとユンミの視点で描き、後半は娘を殺されたと思う父親ドンジンの復讐の視点で語られています。
前半部分は誘拐を扱ってはいますが、リュウとユンミのカップルのドタバタ具合や、闇組織に金をとられたあげくスッポンポンにされてしまったりと笑えるシーンが随所に挿入されていて、誘拐した娘との交流の部分もあるなど意外とほんわかした雰囲気で進んでいきます。
それがリュウの姉の死を境に急展開していくんですよね。
後半は完全にサスペンスとして描かれた復讐劇になっています。
そしてこの作品はリュウが聴覚障害者ということを巧みに使ったストーリーとなっていて、特に一番のポイントとなる場面の、誘拐した娘が溺れてしまうシーンは、リュウが遠くにいて娘の叫び声に気づかなかったことが悲劇を生む結果となるのです。
このシーンは、前方に姉を埋葬し悲しみにくれるリュウと、後方で娘が溺れていく様が同時に写っていて、主人公が気づかないところで観客が悲劇を目撃してしまうという巧みな構図となっています。
溺れる前の時点から足場の不安定な橋のショット、水に落ちた音、身障者の青年の不安げな顔、姉の死に顔など絶妙な短いショットがつづき、溺れる絵が映るところが素晴らしいです。
音楽もなく川の流れの音と鳥の声、そして泣き叫ぶ少女の声しかきこえず、淡々とリアルに映し出されていて、逆にそれが不安さを掻き立てるようになっています。
そして溺れた少女にリュウが気付くと急に不気味な音楽が鳴り出し、せわしくサスペンスタッチの映像になっていて、静と動を対比させドラマティックに仕上げていて、この一連のシーンは本当にお見事というしかないですね。
映画の中でも特に印象に残るシーンでした。
またパク・チャヌク監督お得意のデザインのきいた構図も随所に登場します。
リュウと姉の住む団地の構造を紹介する移動ショットや、闇の腎臓売買の組織でのシルエットが強調された階段のシーン、姉の死体を埋葬するときの真俯瞰ショットなど、随所にこだわりのショットが出てきます。
そしてこの次の「オールド・ボーイ」から本格化していく、グロテスクな映像も少しづつ挿入されます。
クビになった社員がナイフで腹を切り刻むシーンや頸動脈やアキレス腱から流れる血のところなど結構目を覆いたくなるようなシーンもでてきます。
キャストについてはもう言うことないですよね。
ソン・ガンホ、シン・ハギュン、ペ・ドゥナと韓国を代表する俳優が出演していますし、特にソン・ガンホに関してはこの時点で7、8割くらい出来上がっていますね。
後半のサスペンスタッチの演技は、凶暴というより静かなる殺し屋といった体で、逆に不気味ですし、失うものがなくなった男の冷徹さが表情にもあらわれています。
「JSA」の撮影中にオファーされたようで、ソン・ガンホは3回断ってるらしいのですが、同じく「JSA」に出ていたシン・ハギュンは脚本が気に入ったことで一発で承諾したようです。
ソン・ガンホも今までの自分と違ったキャラクターに挑戦する意味で承諾したようで、珍しく悪役に近いキャラクターを演じたことで、それ以降の彼の演技がさらに広がったことは言うまでもないでしょう。
「パラサイト」でも見られた冷たい表情はこの作品から生まれてきたのでしょうか。
リュウを演じたシン・ハギュンはまだこの頃は、若手俳優の有望株くらいの感じでしょうが、その後シリアスとコメディの両方をこなせる役者として活躍する現在の姿の一端を見ることができます。
笑顔がかわいい俳優さんですが、この作品でも特に前半のコミカルな雰囲気に多大な貢献をしていますね。
ユンミ役のペ・ドゥナはまだデビューして間もない頃とは思えないほど堂々とした演技をしています。
「ほえる犬は噛まない」の冴えない主人公とは真逆な怖めのキャラを演じてますが、その後の作品などを考えても、ほんとに色んな役を演じているし、物怖じしない生まれながらの女優さんなんでしょうね。
韓国の女優の中では異質で飾らない感じの方ですが、そこが彼女の最大の魅力と言ってもいいでしょう。
復讐三部作の最初の作品ではありますが、パク・チャヌク監督のフィルモグラフィーの中でも、彼のオリジナリティが出てきたという意味で、本当のスタートとなった作品ではないでしょうか。
興行的には失敗だったようですが、その後の彼の作品を見ると、今作の存在がいかに重要だということがわかりますね。
シン・ハギュンがインタビューで「時間が経つほど作品のパワーや意味を強く感じると思います」と語っていますが、その言葉がすごくこの作品を象徴している気がします。。